プラユット暫定首相が推し進める「サイバー安定維持法案」は、いったん保留
2015年1月6日、軍政は“治安維持”の名の下に「郵便、電話、ファックス、インターネット、携帯電話などあらゆるコミュニケーションツールの監視を始める」と発表した。これはいわば市民の情報を統制する“通信傍受法”にほかならない。タイはアセアンの中でも屈指のSNS大国。フェイスブックやインスタグラム、ラインが広く普及しており、政府はそれらを監視しながら、さらに郵便やファックスまでも調べるという。
同法案を推進するのは、「情報技術・通信省」から今年、名称変更した「デジタルエコノミー省」。同省が新たに提出した「サイバー安定維持法案」の中の一つに通信傍受法が盛り込まれたというわけである。
事実、タイはハッキング被害がアセアンの中でも最も多く、インラック政権時には、彼女の顔写真が政府のサイトのトップ画面に貼られるといったことも起きている。政府の公式サイトがハッキングされるという、ことの重大さは誰にでもわかるだろう。
1月20日、プラユット暫定首相は「なぜ承認したのか?」という記者の質問に対し、「何の問題があるのだろうか? 決めるのは首相の私だ」と一蹴。さらに「同法案の目的は、個人情報の侵害ではない。ソフトウェアの発展につながり、サービスの充実化、そして“不敬罪”を取り締まることもできる」と説明した。
これに対して、さすがに国民も猛反発。同法案の否決を求めるサイト「Change.org」では、2万人以上が政府への反対を表明。また、企業情報が政府に筒抜けとあれば、タイ進出に二の足を踏むのは当然であり、外資への影響も危惧された。
政府への批判がしばらく続くと1月24日、電子取引開発庁はこれまでの姿勢を一変させ、「我々は常に国民の声を聞いている。同法案についてはいったん保留する」と暫定首相の意向を翻し、見送ることを発表した。
一部でささやかれていた“インターネットの戒厳令”。現在、沈黙を続けている赤シャツ隊の存在もあり、同法案が治安維持に有効であることは間違いないが、一方で国内外の批判も避けられない。治安維持と国際評価の狭間に揺れる現政権のもどかしさがまさに表面化したドタバタ劇だった。