原則として現地法人で新たに事業を開始することになりますので、会社設立手続が必要な他、事業譲渡契約または現物出資手続、各種契約の切替、銀行口座開設と閉鎖、ライセンスの再取得、駐在員のビザ取得、さらに事業譲渡後には支店の閉鎖手続が必要となります。
【解説】
1. 必要手続
(1) 各種契約等の切替
通常の会社設立手続の他、新法人における事業開始の日に合わせて、事業譲渡契約(現物出資の場合はシンガポールでは現物出資という手続がないため、事業譲渡対価を株式割当とする契約で代用)、各種契約及び就労ビザの切替えを行うこととなります。
契約については製商品・サービスの取引契約の他、オフィス・社宅の賃貸借契約、雇用契約、CPFなどの変更手続が必要となります。
資産譲渡、または現物出資を事業開始に先行して行う場合には、現地法人での事業開始までの期間、現地法人から支店へ移転財産を賃貸借することになりますので、原則として賃借料の授受が必要となります。
駐在員の就労ビザについては、支店にてビザを複数人の駐在員が取得している場合、同時に現地法人での申請を行うと全員の申請が却下されてしまう可能性があるため、時間はかかりますが一人ずつ申請を行い事業開始ができないことを避けることも検討されます。
また、退職金規定がある場合には雇用契約の終了に伴い退職金の精算が必要となります。
(2) 銀行口座
新法人であらためて銀行口座を開設し、増資資金を送金します。支店にある現預金を新法人に出資として移すことも可能です。但し、出資後の債務の支払により資金がショートしないように注意する必要があります。
その後事業開始の日に合わせて支店の銀行口座の動きを止めることになります。現物出資財産の価額を事前に確定させるため、債権債務の回収は新法人の事業開始後も支店で行うことも考えられますが、その場合には支店から現地法人へ債権回収・支払代行業務を委託することになりますので、原則として業務委託料の授受が必要となります。
事業譲渡及び債権の回収・債務の支払が完了した後、支店の口座は閉鎖することになります。
(3) 支店の閉鎖手続
事業譲渡手続が完了した後には支店の閉鎖手続を行います。閉鎖手続は事業を停止した旨をACRAへ通知し、閉鎖日までの税務申告を行うのみですので、手続は比較的簡便です。
なお、支店を休眠の状態で残しておくことも可能ですが、本支店合算決算書等を毎年ACRAへ提出する必要があり維持コストがかかります。
(4) 日本での手続
日本においては事業譲渡(または現物出資)および支店廃止に伴い取締役会における決議を行います。
2. 事業の移管に伴う会計税務
(1) 会計及び監査
事業譲渡、現物出資については、会計上は共通支配下の企業または事業の結合に該当しますので原則として簿価により移転、引継ぎ処理を行います。
また監査については、現地法人は支店と異なり一定の要件を満たす場合には監査が免除されますので、監査免除の検討が必要となります。監査免除要件を満たさない場合には、あらためて会計監査人を任命する必要があります。
(2) 税務
税務については、シンガポールではキャピタルゲインは非課税であり、固定資産の譲渡についても一定の要件を満たせば税務上の簿価を引継ぐことが可能ですので課税関係に大きな影響はありません。支店がコストセンターの場合、支店から現地法人への移管にあたり繰越欠損金の引継ぎはできませんが、固定資産については税務上の簿価を引継げますので、支店において税務上の減価償却を認識せず繰り延べることで将来現地法人において税務上の減価償却を認識することも可能です。
また必要に応じてGST登録申請を行います。
その他、年度の中途で事業譲渡を行う場合には、その年度における従業員に対して配布するIR8Aは支店、現地法人双方から発行することになります。
日本では支店のビジネスが軌道に乗り将来も利益を生む見込の事業を譲渡するのであれば原則としてDCF法によりのれんを評価しその譲渡益について課税されることになります。
なお、現物出資により支店の資産負債を現地法人に移す場合には、100%外国子会社に対し国外資産・負債を現物出資することになりますので税制適格現物出資に該当し課税は繰延べられます。