ー本日は、エン・ジャパンによるNavigos買収について色々とお伺いできたらと思います。まずは会社と越前谷さんご自身の自己紹介をお願いいたします。
越前谷:現在、Navigos Group Vietnam JSCのCEOを務めています。この会社は2002年に創業し、2013年にエン・ジャパンのグループ会社となりました。ホーチミン、ハノイ、ダナンでホワイトカラー向けのオンラインの求人広告、人材紹介サービス、採用のアセスメントや学習サービス等を手掛けており、長期ビジョンとして「入社後活躍の実現」を掲げています。
私自身は大卒後、外資系の人材企業で働いていて、アジアの成長に興味がありエン・ジャパンで海外事業責任者になり、今に至ります。
ー最初に、買収までの道のりをお伺いしたいと思います。どのような選択肢があり、どう進めてきたのでしょうか。
越前谷:まず、エン・ジャパンの海外戦略としては、人口や若さ、名目GDPなどの参考指標に重みづけをして、対象国を決定しています。そのうえで、進出する方法としては、スクラッチで自前でやる方法と買収があるわけですが、前者は非常に時間がかかります。香港・シンガポール・韓国などは自前で入りましたが、エン・ジャパンのような人材系は有形のプロダクトがないので、求職者、カンパニークライアントを同時並行で獲得していくのに時間がかかりました。
そこで今は、基本的には成功している会社を買収しするという方向性に変えています。
ースクラッチの難しさについてもう少し詳しく伺えますか。
越前谷:人材会社のビジネスモデルとしては、求職者の方とカンパニークライアントの両方に価値を感じて頂けるような差別化要因がないと難しいわけですね。それはブランドだったりするわけですが、それをどれだけ短期的に作り上げられるか。
それと、東南アジアは転職に対するハードルは日本よりも比較的低いと思います。たとえば、LinkedInの利用率はベトナムのほうが日本よりも格段に高いです。日本では「個人情報は出したくない」という考えも根強いと思いますが、ベトナムでは「よりよく知ってもらって、キャリア機会をつかめるならそのほうがいい」というマインドですね。そうなるとますます人材会社が介在する価値は何かということになるので、その難しさもあったと思います。
ー買収先としての決め手は何だったのでしょうか。
越前谷:市場でトップクラスだったというのが大きいです。ホワイトカラー求人広告マーケットでのシェアが約7割で、他方でまだ完成されていない、まだ磨ける余地が大きいという見立てをしていました。
ビットに入ったのはかなり後の方で、ファーストラウンドが2011年にあり、一段落した後にエン・ジャパンが入って交渉がまとまっています。日系、グローバル企業がビットに入っている中で苦労もしましたがこれからの成長力が大きいだろうと踏んで、ホワイトカラーの人材も今後増えていくという部分で期待できると思いました。
ー買収までの道のりもハードだったと伺っています。
越前谷:創業者は米国人で、ハードネゴシエーション。当時は内部でも売却に前向きでない方含め様々な意見があり、一度交渉を中断したこともありました。買収後も、当時のCEOがすぐに退職したり、我々もまだ海外戦略に慣れていない時期でしっかりとつなぎとめることができておらず、また創業者が当面は残るスキームで、数年経って最終的に退出するということになっていたので、そのタイミングでの買取交渉もタフでした。
ー当初は創業者に10%残すスキームだったのですね。海外で同様の買収をする場合、このスキームを勧めますか?
越前谷:創業者はアメリカ人で、ベトナムでの求心力が強く、そのような存在が突然抜けてしまうとリスクがあると考え、数年は残ってもらおうと考えました。同じ景色を見るために数年そのような契約をしていて、基本的にはよほどの事情がなければこのスキームがいいと思います。
ー買収後に売上が3.5倍、利益が4.3倍に増えています。買収後のマネジメントがうまくいかないことも多いと思いますが、どのような施策で成功したのでしょうか。
越前谷:買収前の数年間、既に市場シェアを取ってしまって伸び悩んでいた面はありました。でも、日本との比較で考えると東南アジアの魅力はやはり成長力です。なので、伸びは必ずしも買収によるものだけではないとは思います。ただ当初は本社側からの減損プレッシャーも大きかったです。
やったこととしては、まずはショートターム思考をロングタームに変更していきました。創業者の目線は数年後に置かれがちですが、我々は十何年かけて回収しようという目線で見ています。
それから、「TIJ」と呼んでいるのですが、私が外資系に勤めていた時に、海外から日本に来たトップが「アメリカはこうやってうまくいったから日本でもやろう」という話をするのに対して私は「This Is Japan!(TIJ)」と何度も言っていました。文化の違いもあり、ベトナム人の人たちに合うものは、外国人にはわからないので、彼ら彼女らが一番いいと思うことをやるようにしました。
それからマネジメントもベトナム人主体にし、事業部長も12人中10人がベトナム人です。教育機会を提供することも大事で、日本企業は新卒から育てると言うのが得意なので、そこもできるだけ長い目で提供していきました。組織としてはフラットに、12人が私とコミュニケーション取れるようにしています。
ー買収後すぐに、退職者面談をしていたと聞きました。
越前谷:当時、離職率がとにかく高く、赴任した当時は代表ではなく副社長兼人事責任者として話を聞ける立場だったので、退職する人たちに「なぜ入社したのか」と「なぜ辞めるのか」をヒアリングしました。この間のギャップにあるものを埋めることで離職率を下げることができたと思います。離職率は当時、ある部門では100%超えているということがあり、つまり入っても辞めてしまい、2回転、3回転してしまうんですね。ただベトナムの平均的な離職率も高く、ある程度の新陳代謝はあったほうがいいので、平均を超える部分について目標を設定しました。
ー海外での離職率の高さはある程度仕方ないという見方もあると思いますが…。
越前谷:人材の会社なので、離職による機会損失はよくわかります。とりわけ弊社は入社後活躍にこだわりをもってやろうとしていたので、その会社を好きになってもらわないといけないわけですね。一人前になるまでの時間を踏まえると数か月~半年くらいは投資になるのでつなぎとめたほうがいいと考えました。
具体的には、コミッションよりも最近「心理的安全性」と言われますが、安心して働ける環境づくりが大事だと思いました。トップパフォーマーを常に賞賛するのではなく、各々が100%の力を発揮できるように、たとえばトレーニングロードマップというものを2年間引いたうえでキャリアアップしていく道筋を見せたり、社員のエンゲージメントだけを考えるエンゲージメントスペシャリストの部門を立ち上げたり、パフォーマンスだけではなく、コアバリューを体現した人や勤続年数の長いメンバーをを賞賛する評価するという文化を浸透させる努力をしました。
M&Aで入ると浸透させるのが難しい点はありますが、もともとある文化を尊重しながら、エン・ジャパン流を徐々に入れて行きました。ディレクター層が共感してくれて、自分たちの言葉で語れるようになってくると浸透していると言えるのではないでしょうか。
ー買収後の打ち手としては何をされたのですか。
越前谷:海外では縦割り組織が多くなりがちですが、我々は部門横断プロジェクトとして、プロダクトを一緒に作るということをしています。テックチームとマーケティングチームで共通のKPIを設定し同じ方向を向いていくようなこともしました。求人広告と人材紹介で片方にあるデータベースを生かすなどの全社リソース活用も勧めました。
そこにテクノロジーを使って、RPAも入れるなど、将来的人件費上昇も踏まえて、もっと生産性高い仕事をしていこうということを決断しました。機械学習なども導入していて、そこは既存事業とわけて、新規事業部にしました。積極的なアライアンスも組んで、ほしいものを取りにいくということで アライアンスチームを作って足りないところにアプローチするようにしています。
あとは、買収当時の伸び悩んでいた状況を踏まえて、Employment、Evaluation、Educationの3Eメソッドというものをいれました。入社後活躍の実現をしてもらう「Success After Joining」を掲げているので。それを実現する上で足りないピースは取りに行きます。
ー今後の展望をお聞かせください。
越前谷:皆さん、なぜ転職したのか、会社で何をしたいかということを聞くと色々な動機がありますよね。成功を描いて入社してくるわけで、それを手助けできるような支援を軸にしたプロダクト展開を今後もやっていきたいです。採用領域はそろってきたのでそこはテクノロジーを活用する、それから入社後の支援サービスをこれから厚みを持たせていきたいです。
ーM&Aをこれから考えたいという企業にアドバイスをするとしたらどのようなものになりますか。
越前谷:文化を分かることが一番大事ですね。我々はお医者さんのようなコンサルテーションをする立場にあると思っています。各分野で活躍している方でも自分のことだと分からないということも多いと思うのです。そこでコンサルテーションを必ずする、的確なアドバイスできるような医師のような存在になろうと。
そのためには文化を理解しないといけないし、それを実装できる組織にしていかないといけない。現地の人に何でも好き勝手やってもらうとなるとただ単にお金出しただけになってしまうので、現地の人たちが実装できる組織をつくることが大事だと思います。