株式会社東京コンサルティングファーム
代表取締役会長兼CEO 公認会計士・税理士
久野 康成
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永峰・三島会計事務所
会計グループ パートナー
西 進也
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BDO税理士法人
統括代表社員 公認会計士(米国/日本)・税理士
長峰 伸之
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太陽グラントソントン
パートナー 公認会計士
美谷 昇一郎
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グローバル イノベーション コンサルティング
海外戦略事業部 事業部長
豊田 直也
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辻・本郷 税理士法人
法人国際部 部長 税理士
金森 里絵
グローバル経営は“遠距離恋愛”の要領で!?
―みなさんはグローバル展開している企業の支援を通じて、内情に精通していると思います。まず、現地の拠点マネジメントがうまくいっていない企業では、拠点側のスタッフは本社に対して、どんな不満をもっているのか。エピソードを聞かせてください。
久野:“OKY”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「おまえ、来て、やってみろ」の略語なんです(笑)。拠点側のスタッフが本社に対して感じていることを的確に示す言葉です。
拠点スタッフはよく、「現地のことをよく知りもせずに、本社から一方的に要求ばかりしてくる」と嘆きます。たとえば、製造業で「日本と同じレベルの品質にしてほしい」と本社が要求しても、現地工場の仕入れ先からくる部品の質が悪ければ、拠点スタッフがどんなに努力しても、そもそもムリな話です。そういった不満が積み重なると、最終的には「OKY!」と、不満が爆発してしまうのです。
長峰:本来は、爆発する前にコミュニケーションの密度を濃くするべきなんです。遠距離経営は、遠距離恋愛と似たところがあります。恋人どうしであれ、同じ企業のメンバーであれ、物理的に離れているときは、お互いが歩み寄ってコミュニケーションをとらないと、しだいにそれぞれの意識がズレてくる。その結果、「本社はなにもわかってくれない」という不満につながります。
数字だけで管理したり、問題が起きた時だけ対処したりするのではいけない。相手は見えない地にいるのですから、恋愛と同じように、まずはウェットなコミュニケーションが必要なのではないでしょうか。進出先の成長度あいに応じたメンバーの教育も必要でしょうし、社員をきちんと評価することも大切です。がんばりを正しく評価しないと「これだけのことをしているのに、なぜわかってくれないんだ?」「がんばりは評価されないまま、つねに結果だけを求められる」という不満につながりがちです。
西:おっしゃる通りですね。その不満が高まると、退職にまで発展することもしばしばです。私が支援している日本インバウンドの外資系企業の例では、日本における子会社で優秀な人材が次々と退職してしまった。海外拠点をもうけてすぐに事業が軌道に乗ればよかったんですが、うまくいかない期間が続いてしまったからです。結果、「もっと活躍できるはずだったのに」と、社員のモチベーションが下がってしまった。そうすると、「人材のターンオーバーが止まらない」という悪循環に陥ってしまう。
海外からの撤退を進言したこともある
―なるほど。ただ、業績不振の会社からスタッフが転職していってしまうこと自体は、よくあることだと思います。「グローバル展開している企業の海外拠点ならでは」の転職理由はありますか。
美谷:「この地でなにをしようとしているのか、見えてこない」というケースです。本社側の方と話したとき、「なんのために海外に拠点をつくったのか」が意思統一されていないケースが多く見受けられます。幹部の誰に聞いても回答が違う。本当のところは「なんとなく競合他社が進出しているから自社も…」とい動機だったのかもしれません。
本社としてのビジョンがないなかで、拠点に結果だけを求めても成功するのは容易ではありません。ローカルスタッフは自国でのキャリア形成を考えるでしょうから、会社としてのビジョンが伝わってこなければ、その会社で働く意味も見いだせない。不満はたまる一方です。そんな状況にある会社に対して、私は「もういちど、日本でできることを考えませんか?」と提案したことさえあります。それくらい、安易に海外へ進出してしまい、失敗してしまうケースが増えてきているのです。
豊田:ビジョンの不在は、「この拠点でいま、どんな人材が必要なのか」という要件の欠如につながります。その結果、現地でやりたいことのスキルに見あっていない人材を、日本から送ったり、現地で採用したりする。結果、「こんなムチャなことを期待されても…」という不満につながるわけです。
海外拠点をもつ意味やビジョンを再確認し、どんな人材が必要なのかといったところから見直す必要があります。そしてビジョンを定期的に現地スタッフと共有しておくことが重要。そのうえで、予定していた数字の管理や分析を進めれば、現地とのコミュニケーションがもっと濃いものになるはずです。
金森:本質的な問題として「なぜその国に進出したのか、なにをやりたいのか」というビジョン・戦略が不明確だと、不満につながりやすいのでしょうね。拠点をつくった目的を明確にし、本社・現地がそれを再確認・共有する必要がありそうですね。
起業家精神が必要なのにサラリーマンしかいない
―では反対に、本社側のスタッフが海外拠点に対して抱く不満をシェアしてください。
金森:「とにかくレスポンスが遅い」というのはよく聞きますね。時差の問題だけではなく、日本では「メールが来たら24時間以内に返す」というマナーが浸透していますが、海外ではそうではない場合も。そんなちょっとしたことでも、コミュニケーションがうまくいかないと、不満が募ってしまいますよね。
西:確かに、報告の不備について不満をもつケースは非常に多いですね。日本インバウンドの外資系企業でも、「日本の子会社からきちんと事業の報告があがってこない」という不満が極めて多い。そこで本社がどんな手を打ったかというと、英語がたんのうな日本人スタッフを優先して採用することなんです。でも、「語学力がある=仕事のスキルが優秀」とは限らないですよね。
結果的に、日本での事業成長にはつながりませんでした。採用された語学優秀なスタッフにしてみれば、業績低迷の責任をとらされてはたまりませんから、あいまいな報告をしてしまう。本社側からすると、ますます「拠点の実態が見えない・わからない」となってしまうんですよね。
久野:海外拠点に送り込む責任者の資質は重要な問題です。じつはいま、海外子会社の機能が昔と大きく変わってきているんです。いままでは日本を含む先進国に輸出するモノを海外で安くつくるという、製造という機能に特化した、いわば「機能型」の子会社でした。でもいまは新興国経済の発展により、進出した国で生産し、その国で消費する「地産地消型」になっています。つまり、海外拠点が本社と同じ、仕入れから販売までのフルスペックの機能をもつ必要がある。
そうなると、海外拠点のリーダーは、起業家としての資質が求められる。でも、多くの場合、日本における部長・課長クラスといったサラリーマンが派遣されているのです。起業家精神をそなえていないことは容易に想像できますよね。海外拠点のリーダーに起業家精神をやしなうような研修や教育を提供してこなかったにもかかわらず、本社側は「現地のリーダーが責任を果たさない」と不満をいっているのが実情です。
会社としての投資か事業部としての投資か
―「海外へ送り出す人材の育成・教育」というと、どうしても語学教育にかたよりがちです。それでは不十分ということですね。
美谷:ええ。私はよく、お客さまに「グローバル人材に必要なのは“4S”です」とお伝えしています。スキル・スピード・スマイル・センスの“4S”。語学は最初の「スキル」のなかのひとつの要素です。日本人駐在員としていちばん重要なのは「センス」。日本語でいうと「距離感」のようなもので、ローカルスタッフとの距離感が非常に重要です。日本ではあうんの呼吸で伝わることも海外ではそうはいきません。それを理解したうえで、適切なコミュニケーションをとる「距離感」が大切なのです。
1点、本社のスタッフがもつ不満について、付け加えさせてください。海外拠点のスタッフに対してではなく、本社の社長に対して不満を抱いているケースが多くあります。結局、いくら本社と拠点でやりとりをしても、トップがGOを出さなければなにも進みませんから。トップの決定力や意識が全体に影響している点も忘れてほしくないですね。
豊田:トップに決めてほしいことは、「権限委譲」についてのルールですね。海外拠点にどこまで権限を委譲するのか不明確なままだと本社側は「なんでそんなことやったんだ」「そんな指示していない」と。一方、拠点側からしても「この程度のことに本社への確認が必要?」「これって自分たちで決めていいの?」となり、意思決定スピードが非常に遅くなります。はじめにルールを明確にしておき、さらに進出後も定期的に本社・拠点でコミュニケーションをとり、ルールをブラッシュアップしていくことが必要でしょう。
長峰:「事業部としての投資」なのか「会社としての投資」なのかという問題に行きつくように思います。日本企業の海外進出は前者が多い。国内に工場や営業所をひとつ増やすのと同じような感覚で、海外拠点をもうけている。でもそれでは、久野さんがおっしゃったような起業家精神のある人材をリーダーとして派遣するとか、美谷さんがおっしゃったような“4S”をもつ人材を育成しようといった思考にならないでしょう。
会社全体としての投資ととらえれば、「では、拠点で働く人材をどのように確保するのか」という戦略を立案しようとするはずです。長期で見て、会社全体の問題として考えていくのか、単なる事業部の出先として考えるのか、そういった根本的な見直しが必要だと感じます。
―ありがとうございます。座談会の後半では、本社・拠点双方の不満をおさめ、円滑な海外拠点マネジメントを実現するコツを語ってもらいます。
(後編へ続く)
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